1617年9月11日(元和3年8月12日)、浅野光晟は紀伊国の和歌山城内で生まれました。父は和歌山城主の浅野長晟、母は徳川家康の三女・振姫です。光晟は家康の外孫で、のちの3代将軍・徳川家光の従兄弟にあたりました。
母の振姫は光晟を産んだ直後に亡くなります。1619年、父の長晟が安芸・備後42万6千石余を与えられて広島城へ移ると、光晟も浅野家の後継者として育てられました。1627年に江戸城で元服し、家光から松平の称号と「光」の一字を受けたことは、浅野家と将軍家の近い関係を示しています。
1632年に父が亡くなると、光晟は15歳で広島藩を継ぎました。同時に庶兄の長治へ5万石が分けられ、三次藩が成立します。その後、光晟は約40年にわたって広島藩を治め、道路や職制、税制を整えました。和歌山城での誕生は、徳川家との血縁を持つ若い後継者が、広島藩の基盤を固める2代藩主へ成長する出発点でした。