1591年11月11日(天正19年9月25日)、伊達政宗の長男・伊達秀宗が生まれました。幼名は兵五郎、母は政宗の側室・吉岡局です。政宗にとって最初の男子でしたが、秀宗は幼い頃から伊達家の本拠を離れ、豊臣政権との関係のなかで育つことになります。
秀宗は4歳で豊臣秀吉のもとへ人質として送られ、のちに秀吉の養子格として元服しました。「秀宗」の名は、秀吉と父・政宗から一字ずつ取ったものです。一方、仙台の伊達家では正室・愛姫が生んだ弟の忠宗が後継者となり、秀宗は父の本領をそのまま継ぐ立場にはなりませんでした。
1614年の大坂冬の陣では父とともに徳川方として出陣し、その後、伊予宇和島10万石を与えられます。政宗も家臣を付け、資金を用意して長男の新たな家を支えました。こうして秀宗は宇和島藩の初代藩主となり、仙台伊達家から分かれた宇和島伊達家の祖となります。その誕生は、のちに二つの伊達家へつながる出発点でした。