1597年9月28日(慶長2年8月17日)、松平忠国が生まれました。父は上野高崎藩主を経て丹波篠山藩主となった松平信吉です。忠国はその長男として、徳川家康の異父弟・松平康元から続く藤井松平家の家督を継ぐ立場に生まれました。
忠国は大坂夏の陣に父とともに出陣し、1620年に信吉が亡くなると丹波篠山5万石を継ぎました。丹波篠山市の篠山城関連資料でも、信吉に続く第3代城主として忠国が記録されています。1649年には2万石を加増され、7万石で播磨明石へ移りました。明石藩そのものの初代藩主ではなく、藤井松平家として最初の明石藩主です。
明石では城下整備や新田開発を進める一方、和歌にも親しみました。『源氏物語』に描かれた明石の情景を実在の寺社などに結びつけ、自作の歌を刻んだ碑を建てたと伝わります。忠国の誕生は、徳川一門の家に生まれた人物が、篠山から明石へ移って地域経営と文化の両面に足跡を残す、その出発点でした。