誕生日
小笠原忠知が生まれる
1599年9月10日(新暦)
慶長4年7月21日(旧暦)
1599年9月10日(慶長4年7月21日)、小笠原忠知は小笠原秀政の三男として生まれました。母は徳川家康の嫡男・松平信康の娘です。信濃の名族である小笠原家に生まれ、母方では徳川将軍家につながる家系でしたが、三男の忠知は本家を継ぐ立場ではありませんでした。
父の秀政と長兄の忠脩は1615年の大坂夏の陣で戦死し、次兄の忠真が小笠原家の本家を継ぎます。忠知は別に徳川秀忠・家光へ仕え、書院番頭、大番頭、奏者番など幕府の役職を重ねました。1632年に豊後木付の領主となり、島原の乱では幕府の命を受けて軍勢を率いています。
1645年、忠知は三河吉田4万5千石へ移され、吉田藩主小笠原家の初代となりました。東海道の要地である吉田城を治め、その子孫へ藩主家を残します。忠知の誕生は、小笠原本家の継承とは別の道を歩む三男が、幕府での勤務を通じて独立した大名家の祖となる出発点でした。
出典
コトバンク「小笠原忠知」: https://kotobank.jp/word/小笠原忠知-1061809
国立国会図書館 レファレンス協同データベース「国東市国東町から島原の乱へ兵が出たか」: https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/reference/show?id=1000379504&page=ref_view
豊橋市図書館「とよはしアーカイブ とよはしの歴史」: https://adeac.jp/toyohashi-city/texthtml/d100010/mp100010-100010/ht040060
豊橋市美術博物館「吉田城について」: https://toyohashi-bihaku.jp/とよはしの美術・歴史・文化財を知る/郷土の歴史資料/近世/吉田城について/