1641年9月7日(寛永18年8月3日)、徳川家綱は3代将軍・徳川家光の長男として生まれました。生母はお楽の方と呼ばれた増山氏で、幼名は徳川将軍家の後継男子に用いられた竹千代です。家光が38歳のときに得た男子であり、家綱の誕生は将軍家の継承を安定させる待望の出来事でした。
家綱は幼い頃から後継者として扱われ、5歳で元服します。これは、病気がちだった家光が早く後継者の立場を明確にし、将軍家の安泰を内外に示そうとしたためとされます。1650年には世子として江戸城西の丸へ移り、次の将軍となる準備が進められました。
翌1651年に家光が亡くなると、家綱は数え11歳で4代将軍となります。徳川氏では初めての幼少将軍だったため、保科正之、酒井忠勝、松平信綱らが幕政を支えました。家綱の誕生は、一人の将軍の出発点であるだけでなく、幕府が幼い当主を補佐する集団的な政治へ移る前提となった日でもあります。