命日

浅野長晟が亡くなる

1632年10月16日(新暦)

寛永9年9月3日(旧暦)

1632年10月16日(寛永9年9月3日)、広島藩初代藩主・浅野長晟が亡くなりました。47歳でした。長晟は浅野長政の三男で、兄・幸長が男子を残さず亡くなると紀伊を継ぎました。大坂の陣で徳川方として戦った後、1619年に安芸・備後42万6千石余へ移され、広島城へ入ります。

長晟は福島正則の改易直後の領国を引き継ぎ、家臣団と農村支配の再編を進めました。入国直後に郷村掟書を出し、代官を配置して年貢収納の仕組みを整えます。家老の処分を通じて藩主権力を固める一方、領民を土地へ定着させ、安定して耕作と納税を続けさせる体制を築こうとしました。

長晟の死後、家督は15歳の次男・光晟が継ぎました。同時に庶兄の長治へ5万石が分けられ、三次藩が成立します。長晟の死は、浅野家による広島支配の基礎づくりが次代へ移り、本藩と支藩を備えた体制へ進む節目でした。

出典

広島市立図書館「浅野長晟・光晟の政治と藩体制の確立」: https://www.library.city.hiroshima.jp/hiroshima/asano/asano400/20180609.html 広島市立図書館「広島ゆかりの人物情報・浅野長晟」: https://www.library.city.hiroshima.jp/hiroshima/local/person.html Wikipedia「浅野長晟」: https://ja.wikipedia.org/wiki/浅野長晟