1561年10月18日(永禄4年9月10日、ユリウス暦)、武田信玄と上杉政虎が北信濃の川中島で激突しました。現在のグレゴリオ暦では10月28日にあたります。両者は北信濃の支配をめぐって繰り返し対陣しており、5度と数えられる川中島の戦いのうち、この第4次合戦が最大の激戦となりました。
戦場は千曲川と犀川にはさまれた八幡原一帯でした。上杉軍は武田軍の本陣へ攻めかかり、武田軍は別動隊の合流後に反撃したと伝わります。ただし、軍記物に描かれた「啄木鳥戦法」や信玄と政虎の一騎討ちなどには後世の脚色も含まれ、当日の詳しい経過には検討の余地があります。
戦いで武田信繁、諸角虎定、山本勘助らが討死し、両軍に多数の死傷者が出ました。しかし、どちらかが北信濃を決定的に制圧したわけではなく、両者の対立は続きます。第四次川中島の戦いは、勝敗だけでは捉えにくい一方、武田・上杉両軍が大きな犠牲を払った戦国屈指の激戦でした。