1533年10月12日(天文2年9月24日)、朝倉義景が生まれました。父は越前朝倉氏4代当主の朝倉孝景です。朝倉氏は応仁の乱を契機に越前を治める戦国大名となり、一乗谷を拠点に約100年にわたる支配を築いていました。義景は、その最盛期を受け継ぐ嫡男として誕生したことになります。
1548年に父が急死すると、義景は16歳で家督を継ぎました。治世の前半、一乗谷は京から逃れた公家や僧侶も集まる政治・文化の拠点として栄えます。1567年には、のちの室町幕府15代将軍・足利義昭を迎えましたが、義昭を奉じて上洛する道は選びませんでした。
その後、義景は織田信長と対立し、浅井長政と結んで戦います。1573年、刀根坂の戦いで敗れて一乗谷を失い、越前朝倉氏は滅亡しました。義景の誕生は、安定した越前を継ぐ後継者の出発点であると同時に、信長の台頭によって終わる朝倉氏最後の一代の始まりでした。