朝倉義景の人物画像

武将・大名

朝倉義景

あさくらよしかげ

生年
1533年10月12日(天文2年9月24日)
没年
1573年9月16日(天正元年8月20日)

一乗谷の繁栄を受け継いだ最後の当主

朝倉義景は、越前朝倉氏の5代目にして最後の当主です。天文17年(1548)、父・孝景の死を受けて16歳で家督を継ぎました。治世の前半は一族の宿老・朝倉宗滴らに支えられ、加賀一向一揆への対応や周辺諸国との外交を進めました。

本拠の一乗谷には武家屋敷、寺院、職人や商人の町が広がり、京都から公家・僧侶・文化人も訪れました。義景の館では連歌や和歌、猿楽などが催され、発掘調査では庭園、花壇、生活道具が確認されています。一乗谷の繁栄は、義景一代だけで生まれたものではなく、朝倉氏百年余りの領国経営が到達した姿でした。

足利義昭を迎えた越前

永禄10年(1567)、兄・義輝を殺された足利義昭が一乗谷へ入り、義景に上洛への協力を求めました。翌年、義昭は朝倉館で盛大にもてなされ、元服して「義秋」から「義昭」へ改名します。しかし義景は義昭を奉じた上洛を実行せず、義昭はやがて越前を離れて織田信長を頼りました。

この判断は、後世に義景の優柔不断さとして語られることがあります。ただし朝倉氏は加賀一向一揆への備えや国内の統制を抱え、畿内へ長期出兵するには大きな負担がありました。義景の選択は性格だけでなく、越前を基盤とする大名が置かれた軍事・外交上の条件から考える必要があります。

信長との抗争と元亀争乱

元亀元年(1570)、信長が越前へ侵攻すると、浅井長政が信長に背いたため、織田軍は京都へ撤退しました。義景は浅井氏や本願寺などと連携し、姉川の戦いや近江・京都周辺の戦いで織田方と対抗します。朝倉・浅井勢は信長をたびたび苦境に追い込みましたが、連携する勢力の目的は必ずしも一致していませんでした。

戦いが長期化すると、朝倉軍では重臣の離反や出陣拒否が起こり、領国の負担も増していきます。天正元年(1573)、義景は浅井氏救援のため近江へ出陣しましたが、織田軍の攻撃を受けて撤退しました。信長は越前へ追撃し、朝倉軍は刀根坂で大敗します。

一乗谷炎上と朝倉氏の滅亡

義景は一乗谷を離れて大野郡で再起を図りましたが、従兄弟の朝倉景鏡に背かれ、六坊賢松寺で自害しました。信長軍によって一乗谷も焼かれ、越前を五代にわたって支配した朝倉氏は戦国大名として滅亡します。

義景は滅亡した大名であるため、信長との対比から評価されがちです。しかし、残された文書や一乗谷の遺構は、義景が広い外交関係を築き、成熟した領国と都市を受け継いでいたことを示します。現在の一乗谷朝倉氏遺跡は、戦国大名の政治と文化、城下町の暮らしを一体として伝える遺跡となっています。

別名

  • 幼名 長夜叉
  • 旧名 延景

この人物に関する歴史

全4件

誕生日

朝倉義景が生まれる

1533年10月12日(天文2年9月24日)、朝倉義景が生まれました。父は越前朝倉氏4代当主の朝倉孝景です。朝倉氏は応仁の乱を契機に越前を治める戦国大名となり、一乗谷を拠点に約100年にわたる支配を築いていました。義景は、その最盛期を受け継…

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命日

朝倉宗滴が亡くなる

1555年9月23日(天文24年9月8日)、越前朝倉氏の宿老・朝倉宗滴が一乗谷で亡くなりました。数え79とされます。本名は教景といい、宗滴は法名です。長年にわたり朝倉貞景・孝景・義景の3代を支え、領国の防衛と周辺地域への軍事介入を指揮しまし…

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命日

朝倉義景が亡くなる

1573年9月16日(天正元年8月20日)、越前朝倉氏最後の当主・朝倉義景が大野郡で自害しました。享年41でした。義景は浅井長政と結んで織田信長に対抗し、この年も信長に攻められた浅井氏を救うため、越前から近江へ軍勢を出していました。 しかし…

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出来事

越前朝倉氏が滅亡する

1573年9月16日(天正元年8月20日)、当主・朝倉義景の自害によって、越前朝倉氏は戦国大名として滅亡しました。朝倉氏は応仁の乱を機に越前の支配を確立し、一乗谷を本拠として5代100余年にわたり領国を治めてきました。 義景は近江の浅井長政…

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百年にわたり越前を平和に治め、北の京・一乗谷をつくりあげた名門大名・朝倉家。 その最後の当主・朝倉義景は一般に、代々の平安に胡坐をかき、織田信長に攻め滅ぼされた無能の大名と思われています。 しかし、実際の義景は、文武両道に優れ、先祖より受け継いだ一乗谷をさらに発展させた、優秀な大名でした。 そんな義景がなぜ滅ぼされたのか。 一向一揆と織田信長、ふたつの巨大な敵と戦い続けた、義景の一生を描きます。