1564年9月20日(永禄7年8月15日)、水野勝成は三河国に生まれました。父は水野忠重で、徳川家康とは従兄弟にあたります。徳川氏と近い家に生まれた勝成ですが、若い頃は父との不和から水野家を離れ、諸国を渡り歩くことになりました。
勝成は織田・豊臣政権下で各地の大名に仕え、戦場を重ねた後、家康の仲介で父と和解して水野家へ戻ります。関ヶ原の戦いや大坂の陣では徳川方として戦功を挙げ、刈谷、大和郡山の領主を経て、1619年に備後・備中10万石を与えられました。
勝成は新たに福山城を築き、1622年の完成に合わせて城下を「福山」と名づけたとされます。城下町の建設、治水、産業育成などを進め、福山藩の基礎を築きました。徳川家と近い武家の嫡男として始まりながら、家を離れた長い遍歴を経て一国一城の主となったその生涯は、戦国から江戸への社会の変化を映しています。