1625年8月31日(寛永2年7月29日)、徳川光友は尾州名古屋に生まれました。父は尾張藩初代藩主の徳川義直です。義直は徳川家康の九男であり、その長男として誕生した光友は、御三家の一つである尾張徳川家を継ぐ後継者となりました。
光友は幼名を五郎太といい、のちに3代将軍・徳川家光から一字を受けて光義と名乗り、さらに光友と改めます。正室には家光の長女・千代姫を迎えました。将軍家に近い家柄と婚姻関係のなかで育ち、1650年に父が亡くなると、26歳で尾張藩第2代藩主となります。
藩主となった光友は、尾張藩の統治機構と名古屋城下の整備を進め、父を弔う建中寺も建立しました。また、中国の書籍や日本の古典を集め、父から受け継いだ蔵書をさらに充実させます。後世へ伝わったその資料群は、現在の名古屋市蓬左文庫の基礎となりました。光友の誕生は、成立間もない尾張徳川家が次代の当主を得た日でもあります。