命日

筒井順慶が亡くなる

1584年9月15日(新暦)

天正12年8月11日(旧暦)

筒井順慶の人物画像

1584年9月15日(天正12年8月11日)、大和国を治めた筒井順慶が36歳で亡くなりました。順慶は興福寺の衆徒を出自とし、松永久秀らとの長い抗争を経て勢力を広げた人物です。織田信長から大和一国の支配を認められると、筒井城から郡山城へ本拠を移しました。

1582年の本能寺の変後、順慶は羽柴秀吉に従い、大和の領国を安堵されます。亡くなる年にも小牧・長久手の戦いに関わる軍事行動へ加わっており、郡山を中心とする支配と城下町づくりを進める途中での死でした。

順慶の死後は養子の筒井定次が家督を継ぎましたが、翌1585年に伊賀上野へ移され、郡山城には豊臣秀吉の弟・秀長が入ります。順慶はいったん円証寺に葬られた後、長安寺の墓所へ移されました。現在も五輪塔と覆堂が残り、短い治世のうちに郡山を大和支配の拠点とした領主を伝えています。

出典

大和郡山市「筒井順慶」: https://www.city.yamatokoriyama.lg.jp/section/rekisi/src/history_data/h_028.html 大和郡山市「五輪塔覆堂」: https://www.city.yamatokoriyama.lg.jp/soshiki/machidukuri_senryaku/rekishi_bunkazai/bunkazai101/j_bunkazai/kenzobutsu/1824.html 奈良県観光公式サイト「あをによし なら旅ネット 筒井順慶」: https://yamatoji.nara-kankou.or.jp/artifact/0000000155