1574年10月13日(天正2年9月29日)、伊勢国長島を拠点とした一向一揆が織田信長に降伏し、約4年に及ぶ長島一向一揆が終結しました。木曽三川の河口に広がる長島は、水路と輪中を利用して守りやすく、信長は1571年と1573年の攻撃で大きな損害を受けていました。
3度目となる1574年の攻撃では、織田軍が陸と水上から長島を包囲しました。兵糧が尽きた一揆勢は降伏して城から退去しようとしましたが、織田軍は退去する人々へ一斉射撃を加えました。さらに屋長島・中江に残った籠城者も囲いを設けて封じ込められ、火を放たれて多数が死亡したと伝わります。
この戦いで信長は弟の信興を一揆勢に討たれており、長島は織田家にとって繰り返し損害を受けた戦場でした。終結後、伊勢北部で信長に対抗してきた大規模な一揆拠点は失われ、織田氏の地域支配が進みます。一方、降伏後にも徹底した攻撃が続いた点は、信長と一向一揆の戦いの苛烈さを示しています。