九鬼嘉隆を描いた人物画像

武将・大名

九鬼嘉隆

くきよしたか

没年
1600年11月17日

織田・豊臣水軍を率いる

九鬼嘉隆は志摩を基盤とし、織田信長と豊臣秀吉に仕えた武将です。水軍を率いて各地の戦いに参加し、九鬼氏の大名としての基礎を築きました。

親子で分かれた関ヶ原

関ヶ原の戦いでは嘉隆が西軍、子の守隆が東軍に属しました。西軍敗北後に答志島へ退き、守隆が得た助命の知らせが届く前に自害したと伝わります。

この人物に関する歴史

全1件

命日

九鬼嘉隆が亡くなる

1600年11月17日(慶長5年10月12日)、志摩の水軍を率いた九鬼嘉隆が、鳥羽沖の答志島で自害したと伝わります。嘉隆は織田信長と豊臣秀吉に仕え、海上戦や水上輸送を担った武将です。 嘉隆は志摩の諸勢力をまとめ、信長の石山本願寺攻めでは大船…

詳しく読む