武将・大名
松平直政
まつだいらなおまさ
- 生年
- 1601年9月1日(慶長6年8月5日)
- 没年
- 1666年3月8日
徳川家康の孫
松平直政は、徳川家康の孫にあたり、松江藩松平家の初代藩主となった大名です。慶長6年(1601)、家康の次男・結城秀康の三男として生まれました。幼い頃に父を亡くしましたが、徳川一門の若武者として成長します。
大坂の陣から松江入封へ
慶長19年(1614)、14歳で大坂冬の陣に初陣しました。真田丸を守る真田信繁、いわゆる幸村の軍勢を相手に奮戦し、その勇気をたたえた信繁が軍扇を投げ与えたという逸話が残っています。この軍扇は、松江藩松平家と直政を象徴する品として語り継がれています。翌年の大坂夏の陣にも出陣しました。
戦後、直政は越前大野、信濃松本などを治め、領国運営の経験を重ねます。寛永15年(1638)、京極忠高の死後、信濃松本から出雲松江18万6千石へ移されて松江城へ入りました。隠岐国の管理も任され、山陰地方の要地に家康の孫を藩主とする親藩が置かれたことになります。
松江藩松平家の藩祖
松江入封後は、前の領主から引き継いだ城と城下町を整え、松江城の修理にも取り組みました。稲荷信仰が厚く、寛永16年(1639)には城内の八幡社へ稲荷神を合わせてまつり、御城内稲荷八幡両社を整えたと伝わります。直政の子孫は、その後10代にわたり幕末まで松江を治めました。
寛文6年(1666)に直政が亡くなると、月照寺に葬られました。大坂の陣の若武者としての逸話だけでなく、約230年に及ぶ松江藩松平家の統治を始めた藩祖として、松江の歴史に位置づけられています。
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