1632年10月12日(寛永9年8月29日)、朽木元綱が近江国朽木で亡くなりました。84歳でした。元綱は京都と若狭を結ぶ街道上の朽木谷を治め、室町幕府の将軍家と関わりを持った国人領主です。1570年には、越前から退却する織田信長一行の朽木越えを助けたことで知られます。
元綱は信長の後に豊臣秀吉へ仕え、関ヶ原の戦いでは当初西軍側にいましたが、戦場で東軍へ転じました。戦後は徳川家康から朽木谷などの所領を安堵されます。大名級の所領を一括して継承させるのではなく、子らへ分けたため、元綱の本家は旗本として存続しました。
元綱の死後も朽木氏は朽木谷との結びつきを保ちました。また、三男・稙綱の系統はのちに福知山藩主となります。元綱の死は、将軍、織田、豊臣、徳川と権力の中心が移るなかで交通の要地を守った領主の、長い活動の終わりでした。